「おお…凄いねタカ丸君、器用!」
「こんな感じでよければ いつでもどうぞ」

さんが 火薬委員でお馴染みの斉藤タカ丸(齢十五)に髪を結ってもらっている
これは どういう風の吹き回しか


「あら 久々知君」

いつもと変わらぬ表情で 彼女が俺に向かって手を振る

「いつも 髪が乱れても気にしていないのに 急にどうしたんだ…」
「外出するならお洒落をしたい、それが乙女心ってモノなのよ」
「何処かに行くのか?」
「おデート、ねっタカ丸君」

おでえと…?

さんが買物をしたいって言ってたから案内するんだよ、久々知君」
「着物とか仕入れたいなと思って」



この二人は 俺の知らぬ間に仲良くなっていたようだ
そういえば 今朝も雷蔵と談笑していたさんを目撃した

いつの間に彼女は交友範囲を広げていたのか
一週間振りに此処に戻ってきてから数日で 随分と頑張ったものだな




「じゃあ 行ってくるね」


買物が好きなのは 今の女子も未来の女子も変わらないのか
嬉々とした彼女の表情を眺めながら そう思った


二人の背中を眼で追う自分が居る


さんは 協力者なんて作らずとも 仲間が出来るんじゃないか
俺に頼らなくても 別に――



『私 久々知君の迷惑にならないようにするから』


ああ そういう事か、あの科白は




「…ははっ なかなか上手くいかないものだな」






05 ReStart








今日は休日だ、 街に行く者 予習復習をする者 ひたすら昼寝をする者・・・様々である

俺は 同じように暇を持て余していた雷蔵と 黄色い煎餅を食べていた
さんに戴いた あの煎餅だ


「兵助…これ 凄い味だね」
「“南蛮と和の融合の味”らしい」
「…美味しいけど不思議な…」


ばり、ばり、と 煎餅を噛む音が響く


「……風の噂で聞いた“貿易商の娘”が あんなに不思議なおなごだったとは驚いたよ」

さんは今朝雷蔵と会話していたが 真実は話していないのか
それはそうか 時間移動の話もしなければならないからな、厄介だ


「不思議な着物に 価値観の相違…彼女も南蛮によく足を運んでいて すっかり感化されているのかなぁ」
「…彼女の生きている世界が白なら 俺達の世界は黒・・・それだけ違うんだ、きっと」

戦の現実というモノに とんと疎い彼女が 黒く染まるのは見たくないものだ

「白い世界か、見てみたいな……兵助もそう思わないか?」
「うーん…俺は順応出来る自信が無いな」


雷蔵は知らないが 俺はその白い世界が“未来の日本”だという事を知っている
俺が彼女のように ふわふわと生きていけるのか?……想像出来ない





「うわぁ、カレー臭い」


そう言って 荷物を抱えたさんが姿を現した
噂をすれば影ってやつか



「物々交換が成り立つとは思わなかったわ、色々手に入れられて満足」

荷物を脇に置き 彼女は俺の隣に座った

ふわり と、彼女が動くといつも 不思議な甘い匂いが鼻孔に香る
その匂いも 未来が作ったものなのだろう


「タカ丸君は?」
「まだ行く所があるみたいで さっき別れたわ」

髪を纏めているさんは なんだか新鮮だ 大人びていて



「久々知君の隣に居るのは不破君?それとも不破君に変装してる人?」
「不破ですよ〜」

雷蔵がそう答えたと当時に立ち上がった

「じゃあ私は図書室に行くので・・・さん この煎餅なかなか美味しいね」
「でしょ? でも食べ過ぎると胃に悪いから注意してね」



何故 今 この場を離れるのだ、雷蔵よ

俺は彼女に 距離を置かれているというのに…




「久々知君、」


「…何ですか さん」
「……あー…呼び方、“”で構わないよ」


この人は 急に どうしたのか



「久々知君 今、暇?」
「…正直 暇です」
「じゃあ散歩しない?散歩!」


俺には彼女の考えている事が さっぱり解らない
あまり俺とは係わらないようにしたのでは なかったのか

常日頃 あまり女子と付き合っていない所為で 余計に女子という生き物が理解し難い



「あと 久々知君の名前 教えてくれますか?…私 まだ知らなかった」


そういえば 名前までは未だ言っていなかったか


「兵助です」

「兵助ね、確と記憶したわ」




彼女が 俺の名前を覚えた瞬間

何故だろう  彼女との時間が 改めて始まったような感覚になっているのは





「俺は さ……の事を迷惑だなんて思った事は無いから」



彼女の事を不審に思っていた気持ちが 消えていく気がした
未来人だなんだと言っても 彼女だって俺と同じ ただの人間なのだ







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(09.8.10 いざ散歩へ)